■「有害」規制に関する用語集
<メディアの影響に関する研究の概要>
暴力表現や性表現の影響に関する研究は、単一事例研究、フィールド研究、実験的フィールド研究、実験室における研究などの方法により実施され、現在までに主として、カタルシス理論、観察学習理論、脱感作理論、カルティベーション理論という4つの理論モデルが提唱されている。
<研究方法の概要>
(1)単一事例研究 犯罪者などの事例史を調べる方法。因果関係を明らかにできないため、影響の有無を証明することもできない。 (2)フィールド研究 研究対象となる人々をいくつかの集団に無作為に割り当てることなく、その行動を調べる方法。各集団間でみいだされた差がいかなる原因によるものなのか特定できない。したがって、因果関係を証明することもできない。 (3)実験的フィールド研究 研究対象となる人々をいくつかの集団に無作為に割り当て、その行動を調べる方法。各集団間でみいだされた差がいかなる原因によるものなのか特定しやすい。ただし、未知の影響を統制することが困難、という限界がある。 (4)実験室における研究 研究対象となる人々を比較される条件に無作為に割り当て、条件を制御した実験室でその行動を調べる方法。様々な変数を統制できることから、因果関係を特定しやすい。ただし、実験室での結果を現実世界にそのままあてはめるべきではない、という批判がある。 |
※マス・メディアは特異な事件が起こると、事件と暴力表現・性表現などを結びつけて報道することがある。この種の報道は(1)の単一事例研究と同じように、因果関係を明らかにできないため、悪影響の証明にはならないと考えられる。また、犯罪統計を基礎にメディアの発達と犯罪の増減を議論する方法は、(2)のフィールド研究と同じように、犯罪の増減がいかなる原因によるものなのか特定できないという欠点がある。したがって、この種の議論は悪影響の証明にも否定にもつながらないと考えられる。
※暴力表現や性表現の影響に関する研究方法は、H.J.アイゼンク、D.K.B.ナイアス『性・暴力・メディア』岩脇三良訳(新曜社、1982年)の第3章「研究の方法」、佐々木輝美『メディアと暴力』(勁草書房、1996年)の第1章第2節「メディア暴力研究のタイプ」に詳しい。
<理論モデルの概要>
(1)カタルシス理論 メディアに接することで、それらが“はけ口”となり、攻撃衝動などが減少するという理論。支持する証拠が少なく、研究者の間では評価されていない。 (2)観察学習理論 メディアに接することで、そこに描かれた行為を学習し、状況によっては学習した行為を実行するという理論。支持する証拠は多いが、悪いモデルから悪い影響を受けるだけでなく、良いモデルから良い影響を受ける傾向もあるとされている。ただし、どういう状況で学習されやすく、また、どういう状況で学習内容が行動化されるのかはよく分かっていない。 (3)脱感作理論 リラックスした状態でメディアに接することにより、そこに描かれた内容と弛緩状態が条件づけられ、描かれた内容への抵抗感が弱まるという理論。支持する証拠は多く、神経症患者の治療にも応用され、効果を発揮しているという。暴力表現などとの関連では、脱感作を起こしやすい内容や効果の及ぶ期間などが今後の研究課題とされている。 (4)カルティベーション理論 メディアに接することで、メディアに描かれた世界と現実の世界を混同するという理論。暴力表現などとの関連では、現実世界には実際よりも暴力があふれているという認識が深まり、社会に対する不安が増大するとされている。支持する証拠が少なく、研究者の間ではあまり評価されていない。 |
※田宮裕「わいせつに関するアメリカ大統領委員会の報告書について(一)(二)」(『ジュリスト』第477号、第478号、1971年)によると、「J・T・クラッパー(以前に大学教授などをつとめたことのある社会学者で、現職はCBSの社会調査所長)」らが委員を務めた「わいせつとポーノグラフィーに関する大統領の諮問委員会」は、1970年に本報告書を発表している。この本報告書では、悪影響の証拠がないこと等を理由に、「同意のある成人に対する性的物件の販売、提示、配布を禁止する法はすべて廃止すべき」と勧告しているという。一方、未成年については、
「成人よりも調査は不十分であり、デイタの信用性も低い。そればかりか、実験のためには性的刺激物を見せる必要があるが、そういう実験じたいが困難だという事情もある。また、世論調査の結果によると、多数は成人の制限の撤廃に賛成しつつ、青少年は別だという意見をもつ。これは無視できない。さらに、未成年者についてはその親が子供の監督上妥当かどうかを自己決定すべきであって、立法はそれを援助するという基本的態度を堅持するのがのぞましい。いくらこのような立法をしても、未成年者から隔離しおおせるかは疑問だし、見せることが利点になる場合もある。こうした事情を総合判断して自らコントロールする権利が親にはある」(田宮裕「わいせつに関するアメリカ大統領委員会の報告書について(二)」『ジュリスト』第478号、1971年、116頁)
といった理由から、「州は、一定の性的物件を未成年に対して商業的に販売しまたは販売のため陳列することを禁止する立法をすべきである」と勧告しているという(本報告書の問題点や本報告書の後に刊行された技術報告書については、H.J.アイゼンク、D.K.B.ナイアス『性・暴力・メディア マスコミの影響力についての真実』岩脇三良訳(新曜社、1982年)が詳しい)。
ただし、この勧告には、禁止される物について、「委員会としては写真や図画に限るのがよく、文章は除外すべきだと考えている。文章は性教育用に有用なものがあるばかりか、そのうち妥当なものとそうでないものを選別するのは至難のわざで、結局全面的禁止という不当な結果になるおそれもあるからである」というコメントがついているという。
※メディアの影響をめぐっては、「メディア上の性・暴力表現が、受け手である青少年を暴力や性的逸脱に向かわせるという『強力効果説』は、社会学者のジョセフ・クラッパーらをはじめとする数多くの実証的な調査研究の結果、現在までに、ほぼ否定されている」(斎藤環「条例強化というお節介には断固抵抗する」『中央公論』2004年1月号、44頁)といった意見がある。
だが、H.J.アイゼンク、D.K.B.ナイアス『性・暴力・メディア』岩脇三良訳(新曜社、1982年)や佐々木輝美『メディアと暴力』(勁草書房、1996年)などによると、悪影響を支持する証拠は多く、「現在までに、ほぼ否定されている」のは、むしろ悪影響はないとする立場である。たとえば、坂元 章・お茶の水女子大学大学院助教授は、佐々木輝美・獨協大学教授との対談で、次のように述べている。
「先ほど、映像の表現者に、いろいろな研究の知見が知られていないことが問題であるという話がありましたが、これは、研究者側にも責任があることなのです。実は佐々木先生は、『メディアと暴力』という著書を1996年に出されておられるのですが、それが日本においては非常に画期的だったんです。それで、メディア暴力の影響がかなり実証されていることを1996年の段階で、日本の研究者がかなり知るようになったのです」
「よく覚えているのですが、1993年か1994年に、あるメディア関係の学会のシンポジウムに出たんですが、メディア問題の専門家として非常に有名な先生が、大きな声で「今までの研究ではメディア暴力が悪影響を及ぼしていることは示されていない」と言っているんですね。私は、向こうの文献から、もう「社会的学習説」に流れているという認識でしたので、「え、そんなことを本気で言っているのかな」と思ったのですが、もう自信満々で言っておられるのです」
(佐々木輝美、坂元 章「対談 メディアの暴力について考える ~映画「バトル・ロワイアル」を手がかりに~」『視聴覚教育』2001年5月号、35頁)
また、アイゼンクとナイアスは、暴力シーンなどに影響力がないとする人々を次のように批判している。
「彼らは、証拠と理論が全く存在していないかのように、それらをすっぽり無視している。これは難点を処理する単純なやり方ではあるが、そんなことをしていたのでは、都合の悪い議論に対して適切な処理をした偏りのない批評家という印象を与えはしない」(H.J.アイゼンク、D.K.B.ナイアス『性・暴力・メディア』岩脇三良訳、1982年、46頁)
たしかに、悪影響を否定する人々は、都合の悪い証拠と理論を「すっぽり無視している」ように思われる。悪影響を否定するのであれば、『メディアと暴力』や『性・暴力・メディア』などに示されている証拠と理論に適切な批判をすべきだろう。
しかしながら、彼らはなぜ、悪影響の否定にこだわるのだろうか? 都合の悪い証拠と理論を「すっぽり無視して」悪影響を否定することにどういう意味があるのだろうか?
【関連リンク】
<メディアの影響について考えるための参考文献>
(1)岩男壽美子「゛テレビ暴力"批判に物申す」『Voice』1978年10月号、87-100頁
(2)H.J.アイゼンク、D.K.B.ナイアス『性・暴力・メディア』岩脇三良訳(新曜社、1982年)
(3)岩男寿美子「テレビ暴力画面とその影響」堀江湛編『情報社会とマスコミ』(有斐閣、1988年)、209-255頁
(4)小平さち子「欧米にみる“子どもに及ぼす映像描写の影響”研究」『放送研究と調査』1996年9月号、2-21頁
(5)佐々木輝美『メディアと暴力』(勁草書房、1996年)
(6)大渕憲一「マス・メディアの影響」『児童心理』2001年3月号、109-115頁
(7)佐々木輝美、坂元 章「対談 メディアの暴力について考える ~映画「バトル・ロワイアル」を手がかりに~」『視聴覚教育』2001年5月号、30-39頁
(8)坂元 章「10代の青少年と電子メディア ―心と体への影響―」『学術の動向』第6巻第9号(2001年)、22-25頁
(9)田崎篤郎、児島和人編著『マス・コミュニケーション効果研究の展開[改訂新版]』(北樹出版、2003年)
<とくに性的メディアの影響研究に関する参考文献>
(1)大渕憲一「性的覚醒の攻撃行動に及ぼす影響」『心理学評論』第33巻第2号、239-255頁(1990年)
(2)大渕憲一「暴力的ポルノグラフィー:女性に対する暴力、レイプ傾向、レイプ神話、及び性的反応との関係」『社会心理学研究』第6巻第2号、119-129頁(1991年)
(3)三井宏隆「社会心理学とポルノグラフィー」『実験社会心理学研究』第31巻第1号、69-75頁(1991年)
(4)佐々木輝美「性的メディア接触と青少年の性意識」『青少年問題』2003年3月号、16-22頁
(5)佐々木輝美「性的メディア接触が大学生の性意識に与える影響に関する研究」『教育研究』第46巻、143-151頁(2004年)
(6)坂元章「ポルノグラフィーの悪影響問題 ―現代のメディアと社会心理学の研究―」『母性衛生』第46巻第1号、8-10頁(2005年)