■東京都青少年条例騒動の歴史
平成11年度、12年度における東京都の「不健全」指定は2年続けて増加した。具体的には11年度が前年度の96件から+45の141件、12年度が+42の183件だった。この指定件数の増加について、長岡義幸「「有害」「不健全」図書は誰が、どうやって決めているのか」『ず・ぼん』第7号、154-173頁(2001年)は「九八年以前も年間一〇〇点前後だったから九九年がまさに転換点だった。石原慎太郎都知事の就任は九九年四月だから何らかの関連性があるのは確かだ」と指摘している。
確かに年間の指定件数を比較すると、石原知事になってから指定が増えたように見える。そこでこの点をより詳しく調べるために、平成10年度と11年度の指定件数を審議会の開催ごとにまとめてみた(下表参照。表中の(小)とあるのは小委員会のこと)。これを見ると、11年度の指定件数は7月の小委員会を境に前年比で増加に転じたことがわかる。つまり、石原知事が就任した4月以降も指定件数は減り続けていたのである。指定件数の増加を石原知事と関連付けるのは間違いだ。(つづく)
<平成10年度(1998)と11年度(1999)の指定件数一覧> (a)図書類(ビデオテープ及びビデオディスクを除く)
(b)ビデオテープ又はビデオディスク
(c)(a)+(b)
東京都生活文化局女性青少年部青少年課編『東京都青少年健全育成関連条例の解説』(2000年)、報道発表資料、東京都青少年健全育成審議会の議事録をもとに作成。 |
(2011/4/20 05:00)
重要なのは、前年比で減少し続けていた指定件数が7月の小委員会から増加している点だろう。この不自然な動きの理由こそ、その後の指定増加に関連しているとみて間違いない。では1999年7月、より正確に言うなら7月の審議会と小委員会の間に何があったのか。この頃はといえば、都内で自殺した学生の部屋から鶴見済『完全自殺マニュアル』(太田出版、1993年)が見つかったことがマスコミで話題になっていた。まず、主な新聞報道と審議会の開催状況を眺めてみよう。
<平成11(1999)年7月:主な『完全自殺マニュアル』関連報道と審議会の開催状況>
7月13日 『産経新聞』1999年7月13日付に「マニュアル本読み自殺? 都内中1女子、自宅で」という記事が掲載される。記事によると、7月10日に都内で自殺した中1女子の部屋に『完全自殺マニュアル』があったという。
7月21日 1.東京都は第469回審議会の諮問候補図書類について、出版業界から意見聴取を実施。
2.『産経新聞』1999年7月21日付夕刊に「自殺マニュアル本 「有害図書」指定を要請 参考に中1女子ら死亡 警視庁都に通報」という記事が掲載される。記事によると、警視庁少年育成課は今月10日に自殺した中1女子や今年4月に自殺した専門学校生の少年が『完全自殺マニュアル』を読んでいたことなどから、同書を少年への販売などを禁じる「有害図書」に指定するよう東京都に要請したという。
7月22日 第469回東京都青少年健全育成審議会で図書類5点、ビデオテープ3点の指定が決まる(前年比:図書類▲1、ビデオテープ▲1)。
7月26日 『東京新聞』1999年7月26日付に「「捜査現場無視」募るいら立ち 警視庁の「完全自殺マニュアル」通報」という記事が掲載される。前半は警視庁が『完全自殺マニュアル』を東京都に通報した経緯などを、後半は通報が指定に反映されない現状など、東京都の指定方針・指定制度を批判的に伝える内容となっている。
7月27日 東京都は第470回審議会の諮問候補図書類について、出版業界から意見聴取を実施。
7月29日 第470回東京都青少年健全育成審議会(小委員会)で図書類4点の指定が決まる(前年比:図書類+2)。 |
報道内容を一言で表すと、13日の記事が(1)『完全自殺マニュアル』の発見、21日の記事が(2)警視庁による同書の通報、26日の記事が(3)指定を巡る東京都と警視庁の争い、となるだろう。このうち(1)(2)は『完全自殺マニュアル』に固有の問題である。それに対し(3)は東京都の指定件数に関係しており、時期的にも第469回審議会に影響せず、第470回審議会(小委員会)に影響するタイミングで掲載されている。この記事と指定件数の増加には「何らかの関連性」がありそうだ。(つづく)
(2011/4/27 05:00)
では、記事の内容について検討してみよう。この記事の最大の特徴は『完全自殺マニュアル』の件を離れ、東京都の指定方針・指定制度を批判している点にある。例えば、警視庁の通報が指定に反映されない現状や、他県に比べて指定件数の少ないことが数字とともに示されている(下記参照)。さらに「過去に警視庁が「有害」として東京都に通報したが、有害指定を受けなかった本」として図書6冊の写真も掲載されている。要するに東京都の規制は緩いと批判しているのである。
<『東京新聞』1999年7月26日付による東京都批判(一部)> 「警視庁は過去五年間に、年間六百四-千百八十二冊を都に通報したが、実際に指定されたのは九-二十冊。指定率は二・九-〇・八%でしかなく、大半が"徒労"に終わっている」 「昨年の都の有害図書指定六十六件に比べ、包括指定と個別指定を併用する岡山県は約九百件。ビデオも同様で一昨年の指定では、トップ福井県の七千四百七十九件に対し、都はわずか三十四件」 「有害図書の摘発(罰金)をみても、昨年、全国で二百五十件あるのに都はゼロ。それどころか、都が告発しないため、警視庁の摘発は制度発足以来、一度もないのだ」 「都には、出版、雑誌、書店など、関係業界の代表らと意見交換して有害図書の候補を審議会に諮問する制度がある。だが、「指定まで約一カ月かかり、週刊誌や月刊誌が有害指定を受けるころには、売り終わった後」が実態」 |
このような内容、掲載時期から判断して、東京新聞の記事が指定増加の理由だと考えられる。もっとも記事掲載後の指定増加は、指定を増やすも減らすも東京都の考え次第であることを示している。実際、審議会の議事録、資料、運営要領を読むと分かるように、また宝島社が指定取消請求訴訟で暴露したように、諮問段階の操作に審議会は対応できない。現在の制度は恣意的諮問を防ぐ仕組みを持たないのだ。公平・適正な運用には諮問基準の透明化※が必要である。
※ 「社説で読む東京都青少年条例騒動 朝日新聞編」で説明したように、「審議会による審査・判定の前段階に恣意的運用の実体がある」。従って、諮問候補から諮問対象を選ぶ基準や諮問対象としなかった理由を個別に公開するなど、諮問基準の透明化が必要である。なお、神奈川県は2005年5月にゲームソフトを諮問した際、「今回、諮問対象を一定の基準により選定するために、次の2要件に該当するゲームソフトを諮問対象としました」として、諮問候補を選ぶための「サンプル要件」と、諮問候補の中から諮問対象を選ぶための「現実性要件」を公表している。
(2011/5/2 05:15、6/6 18:10一部修正)