■「有害」規制について考える(2)

規制強化を招いた規制反対運動

 知識が不十分なために、反対するつもりの規制強化に迎合していた――。2004年に「東京都青少年の健全な育成に関する条例」が強化された際、そんな皮肉な出来事があった。ここでは2人の人物―「東京都健全育成条例改定に反対する市民有志」の代表世話人として包括指定・緊急指定などに反対する署名を呼びかけた山口貴士弁護士、東京都議会文教委員会で分量基準反対論を展開した日本共産党の曽根はじめ議員(当時)―の主張を取り上げ、その後の動きも見てみたい。

包括指定を理解せず

 山口弁護士は『新文化』2003年12月18日付4面に掲載された「有害図書 都条例改正に反対」という投稿で次のように記している。「「包括指定」が導入されると、性描写や残虐描写が全体の一定の割合(一割ないし二割)を超えると「不健全(有害)」指定されることになります。表現を「量」で図ろうとすることがそもそも間違いです」。しかしながら、包括指定の規制対象は性描写のみで残虐描写などは含まれず、「量」を無視すれば一部の場面を理由に規制されることになる。

 

 例えば、大阪府は2002年12月から翌年1月にかけて「包括指定」基準の強化などについて意見を募集した。その後示された大阪府の回答には「包括指定の対象は、青少年の性的感情を著しく刺激する描写についてであり、犯罪を誘発するおそれのある情報は対象にしていません」「包括指定の基準に該当しないもの、例えば、有害な部分がわずかであっても著しく青少年に有害な場面があるものについては、個別に有害図書類の指定をすることにより対応できます」とあった。

 

 また、神奈川県の青少年課長は2003年7月の神奈川県児童福祉審議会社会環境部会で「ゲームソフトなどの中に残虐性のあるソフトがございます。これは、図書類ということで規制はできますけれども、包括指定ができません」「個別指定することについて当部会でご審議をしていただくことも考えています」と発言。包括指定では規制対象とならない「残虐性」のあるゲームソフトについて、個別指定する考えがあることを明らかにしていた(その後2005年6月に個別指定※1)。

 

<指定方法ごとの規制対象>

 

個別指定

包括指定

団体指定

性表現

指定団体の審査基準による

暴力表現など

指定団体の審査基準による

緊急指定を理解せず

 誤りはこれだけではない。「東京都健全育成条例改定に反対する市民有志Webサイト」には同弁護士の名前で「東京都青少年健全育成条例に反対する署名活動への協力の呼びかけ」が掲載されていた。この「呼びかけ」では「緊急指定」について、「当事者による「自主的」な判断が正しいかどうかを警察その他の行政職員がチェックし、即売会の現場において「販売停止命令」を出すということです」と説明している。だが、緊急指定制度を持つ埼玉県は次のように解説している。

 

 「本項における図書等の有害指定にあたっては、前条解説4と同様、審議会へ諮問し(条例第25条第1項)、答申を受けるものとする。緊急を要し、審議会を招集するいとまがない場合は、同条により審議会に諮問し、有害図書等について答申を得なくても緊急指定できる。その場合は審議会にその旨を通知するものとする(同条第2項)」「条例上の個別指定の効力は、埼玉県報に告示されることにより生じる」(『埼玉県青少年健全育成条例の解説』1996年、23頁)※2。

 

 つまり緊急指定とは、個別指定のうち審議会の答申を得ずに指定されるケースであり、その効力(青少年への販売禁止義務など。18歳以上への販売は可)は公報に告示されて生じるのである。なお、前述の「市民有志Webサイト」には指定制度を解説した外部サイトへのリンクがあった。このサイトは「包括指定」を「格闘・アクション漫画等を読めなくなる」、「緊急指定」を「警察官による”検閲”」などと批判していた。山口弁護士はこれらの記述を鵜呑みにしたのかもしれない。

規制対象を限定するな?

 次に曽根議員である。彼は2004年3月19日の都議会文教委員会で青少年条例の見直しについて質問した。この時、個別指定の基準が内規から規則に格上げされることを取り上げ、「私が一番心配しているのは、率直にいえば、ほかの県で決まっている包括指定のように、例えばわいせつな図画が冊子全体の半分とか六割とかを占めた場合、それは基準としてひっかかりますよという基準が、この基準の中に盛り込まれれば、事実上の包括指定になってしまうわけです」と主張。

 

 さらに「中身の質だとか物によらないで、単なる量的な基準だけではかられるという仕組みを導入すべきでないし、そういう基準が持ち込まれる危険性を、入り口をあけるという点では、こういう規定の仕方は非常に問題があるということを指摘せざるを得ない」と訴えた。既に述べたように個別指定とは、包括指定の基準を満たさない図書類でも規制できる制度である。この点を理解していないのか、議員の発言は“規制対象を限定するな”という意味になっているのである。

 

 規制側からすれば、分量に関係なく指定できる方が便利なのは言うまでもない。実際、東京都は2007年12月に挿絵部分が指定基準に該当するとして小説を「不健全図書」に指定している(その後も数冊を指定)。この時の審議会資料によると、指定基準に該当したのは8ページ分。また、関係団体からの聴き取り調査では「全体のページ数から見て該当箇所(ページ)が少ない」などの意見が出ていた。しかし、個別指定に「量的な基準」はない。該当箇所が少なくても指定対象となるのだ。

 

<指定対象となる範囲>

規制反対というレトリック

 そもそも2003年11月の第524回東京都青少年健全育成審議会では瀬戸純一・毎日新聞論説委員(当時)が「基準というのは一種の透明性というのはあったほうがいいのですけれども、その基準というのが、例えば何ページとか、何分とか、それが透明性ではないと思うのです。1ヵ所でも、あるいはちょっとでも、それこそ犯罪的なものがあれば、それは短くてもだめ」と述べ、分量で規制対象が制限される包括指定より、「1ヵ所でも」「短くても」指定できる個別指定を支持していた。

 

 他府県や東京都青少年健全育成審議会の動きがあったにもかかわらず、「表現を「量」で図ろうとすることがそもそも間違い」「中身の質だとか物によらないで、単なる量的な基準だけではかられるという仕組みを導入すべきでない」と断定したことは、慎重さに欠けたと言わざるをえない。もっとも、似たような主張は以前からあり、彼らだけに問題があったわけではない。例えば、1992年に東京都が小委員会を設置する個別指定強化を図ったときは、次のような評価があった。

 

 「九二年三月の都議会で成立した改定案は、包括指定・緊急指定抜きの、反対運動側からみれば「比較的ましな」内容のものになった」(中河伸俊、永井良和編『子どもというレトリック』1993年、88頁)。この頃から個別指定が軽視されていたことが良くわかる。そしてこの種のレトリックが「包括指定・緊急指定に反対すること」=「反対運動」というイメージを作り上げていったのだろう。“規制反対というレトリック”が覆い隠す規制強化への迎合に注意する必要がある。

 

※1 ゲームソフトの個別指定を検討していた神奈川県は2004年11月、県児童福祉審議会社会環境部会で「青少年の深夜外出防止対策と有害情報の効果的規制の考え方(案)」を説明した。この案では東京都による個別指定の強化について、「従前より個別指定のみの対応であったため、先般の条例改正に当たっても、包括指定の導入も検討されたが、導入はされず、指定手続きの簡素化等で対応することとなった」として、「本県においても書籍等の個別名称が公表できる個別指定のあり方も再検討の必要がある」という方針が示された。神奈川県は翌年5月、審議会にゲームソフト「グランド・セフト・オートⅢ」を諮問。6月に指定が告示された。なお、この指定をきっかけにゲームソフト規制が全国へと拡大していった。

残虐な場面を含むゲームソフトの「有害」指定にかかわる主な動き

 

※2 埼玉県は2008年8月に「ダガーナイフ」など9種類の刃物を緊急指定した。この時の経過は次のとおり。

日付

緊急指定の動き

8月 6日

8月11日

8月12日

9月16日

埼玉県青少年健全育成審議会の委員に緊急指定する旨を通知。

8月12日付で指定することを記者発表。

『埼玉県報』で指定が告示される。

埼玉県青少年健全育成審議会で緊急指定が報告される。

(2010.3.25)


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